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最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)2106号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人池辺甚一郎の上告趣意第一点について。

憲法二五条は、国に対し、すべて国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう、すべての生活部面について配慮すべき責務を認めたものであり、また、物価統制令は、終戦後の事態に対処し、物価の安定を確保し、以て社会経済秩序を維持し国民生活の安定を図るを目的として制定された法令であって、同令は、憲法二五条の精神に反するところはない。されば、同令を以て右憲法規定の精神に反することを前提としてその存在価値のない無効のものであるという所論は採用し難い。

同第二点について。

しかし、憲法三九条にいわゆる「既に無罪とされた行為」とは、確定裁判により無罪とされた行為を指し、所論のように「犯罪後刑の廃止若しくは大赦、特赦あったとき又は社会の情勢上処罰の必要なきに至った場合等」をいうものではない。そして、物価統制額が廃止されても一旦成立した物価統制令違反の犯罪を無罪たらしめるものでないこと論を持たないから、うずら豆に対する物価統制が廃止されたからといって、その統制額を超えて販売する目的でうずら豆を所持していた本件犯罪を目して既に無罪とされた行為であるとはいえない。それ故、所論は、採用することはできない。

同第三点について。

所論は、量刑不当の主張と解されるから、刑訴四〇五条の適法な上告理由とは認め難く、また、 同四一一条を適用すべきものとも認められない。

よって、同四〇八条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は、後記栗山裁判官の論旨第一点は上告適法の理由とならないとの意見並びに真野裁判官の本件は原判決を破棄し免訴の判決言渡をするのを相当とするとの意見(判例集四巻一〇号一九八三頁以下参照)を除く外裁判官全員一致の意見によるものである。

上告趣意第一点に関する裁判官栗山茂の意見は次のとおり。

多数意見は物価統制令は「終戦後の事態に対処し、物価の安定を確保し、以って社会経済秩序を維持し国民生活の安定を図るを目的として制定された法令であって、同令は憲法二五条の精神に反するところはない」と判示している。ところで本件は被告人が道路上で法定の統制額を超えて販売する目的でうずら豆一五四瓩を所持していたかどによって、被告人の所為は物価統制令一三条ノ二、三条、三五条昭和二三年一一月一日物価庁告示第千百五号に該当するものとして罰金刑に処せられている事案である。いかに上告人が漫然物価統制令が憲法二五条の精神に反すると強弁したからといって、裁判所としては物価統制令の条規の違憲性の判断については、本事案の処理だけに止むべきものであって、本事案に関係がない、例えば同令三四条、三七条とその関係条規の如きは明らかに分離して判断しうるのである。かりに物価統制令を違憲であると判断しても本件と関連性のない条規の適憲性には既判力が及ばないはずである。かかる判断は違憲審査の行過ぎであって賛成できない。(昭和二三年(れ)二〇五号同年九月二九日大法廷判決参照。最高裁判所判例集二巻一〇号一二四六頁以下)

尤も物価統制令はいわゆるポツダム勅令であって、本事案に適用されている前記罰条は日本国憲法七三条に根拠があるものではなく昭和二〇年九月二二日聯合国最高司令官総司令部の発した指令第三号に基くものであって日本国憲法と同一法体系に属するものではないから物価統制令の前記条規が憲法二五条に反するとか反しないとかの問題を生じえないのである。

論旨は違憲性の前提を欠いているものであって上告適法の理由とならない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 谷村唯一郎)

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